月別アーカイブ: 2008年4月

免許の話

昨日の午前中、運転免許の切り替えに行ってきました。
はっきり言って煩わしい。
できることなら、そんなことせずに過ごしたい・・・・。
それでも貴重な時間をさいていってきました。
建物に入ると、
一番奥に1番窓口に受付があり用紙をくれます。
そのあと、2番窓口で収入印紙など購入、
必要事項を記入して3番窓口に提出。
交通協会(?)をパスして視力検査。
5番窓口で免許証を提出して
6番窓口で撮影の順番待ち。
撮影ができたら、会議室へ。その後30分ほどの講義。
それからようやく、新しい免許証を手渡されます。
・・・というようにフルに自動的に進む免許更新。
一番待ち時間の短いバージョンらしいのですが、
講義が恐ろしく退屈で、恐ろしく長く感じました。
その原因はこんなこと言っても始まりませんが、
講義している人は本当に分からせようとしていないからなんでしょうね。
月間事故数などのデータをそのままをスクリーンに映して説明しているんです。
文字ばかり羅列したもの読み解くには本当に興味がないと出来ないでしょう。
ところが、免許更新にくる人間にそれを求めても無理です。
だったら、もっと相手に伝わるように工夫をするのが
民間企業で生活する人なら普通の事だと僕は思います。
しかし、残念ながら(警察から天下って試験場にいるんだろう)このおじさんに
民間企業の常識は通じないようで講義をきいていると
「俺は説明したから分かる・分からないはあなた達次第です」というような態度(講義自体が)にも見えてしまうんです(>_<) 「○○トン以下のクルマは・・・・。」なんて言われてにわかに分かる人が何人いるのでしょう? 該当するクルマの写真をスクリーンで見せるなりもっと工夫は出来るはずです。 そういう工夫を日々考えるのって楽しいと思うんですが、僕だけでしょうか? 日々繰り返される仕事を邪魔くさいなんて思いながらやってたらしんどいじゃないですか。人生もったいないと思います。 後半は愚痴みたいになってしまいました。 同じようなこと実はみんな感じているけど、 言っても始まらないからイキをとめてやり過ごす感じですよね。 それは僕も同じです(>_<) なんとももったいない時間の過ごし方でした。 追伸 今回初めて知りました。 普通自動車が中型車とうカテゴリになったそうです。 8トン以上のクルマは乗れないらしくて・・・・、 マイクロバスの運転は・・・・。 やっぱり全然頭に残らない説明です・・・(-_-)

カゲながら応援します。

2007年の夏に四条大橋で偶然遭遇した路上ライブ。
あまりの感動で本ブログに載せたジャズドラマー、鬼塚大我くん。
先日いよいよ、メジャーデビューを果たしました。
ここ数ヶ月はちびっ子ドラマーとして各放送局で紹介されてきています。
僕が知ったのはたった一年前で、
たまたま路上ライブに遭遇しただけなんですが
メジャーデビュー前から知っていると、なんかうれしくなってしまいます。
きっと世の中には彼以上のプレーヤーは山といるでしょうが、
「ちびっこ」という肩書きが無くなっても
この輝きを失えずにいてほしいものです。
この輝きが続けば「宇宙一のドラマー(本人談)」も夢ではないかもです(^_^)

路上でみた時もそうでしたが、
テレビでもOnitsuka/TigerのTシャツをよく着てるんですよね。
こんな名前だったら当然ですかね!?

春のサイクリング第2弾

朽木村までゴー!
先月の木津川道の成果も自信となって
朽木へのコースを選択して迎えた当日、
4月12日午前8時に今出川烏丸に集合してスタート。
実は前の週に熱を出して寝込んでいたので
ちょっと不安もありながらでしたが、
序盤の「途中峠」をまずまずのペースで登り切りました。
上っている最中にあるコンビニで比叡山への参拝を目指す、
お坊さんと話が弾みました。
長崎からこられたそうで気ままな旅の途中だそうです。
でも、この峠からは比叡山へは行けないはずで「山中越え」を提案しておきました。
どっちにしろ、きままな旅だそうで特に気にすることもなく過ごしておいででした。
自分の寺でも旅をする若者を泊めてやったりしているそうで
酒のあいてしてくれたらいつでも泊めるよ〜。とおっしゃっていました。
風貌からはなかなかの酒豪にお見受けできて
ちょっと僕では太刀打ち出来そうにないなぁ〜と思ってしまいました。
花折トンネルを越えるとなだらかな下りが待っています。
適度に漕ぐ事もできて僕のMTBでも35キロ前後で巡航できました。
自転車を漕ぐには快適な気温で本当に気分よく走れました。

唐突ですが、上のバイクは友人が新しく導入したものです。
TRECKのマドン5.0らしいです。
よく走るだろうな〜。
まぁ、それはそうと。
高島市に入った辺りにある休憩所で休憩していると
今度はおじいさんライダーに声をかけられました。
先週まで20年使ってきたバイク(NV400)が壊れて
新しいバイクで走りにきているそうでいろいろな武勇伝を語ってくれました。
その後、朽木村に到着したのがちょうど12時ころ、
朝市でおなじみの道の駅で桜祭りと題したイベントが行われていました。
チェーンソーで彫刻をする人がいたりと、
祭りらしいイベントがいくつかやっている様子でした。


なんか、いい感じでしょ?
12日といえば京都ではさくらなんてちりましたよ。
ここまできて花見が出来るとは思いませんでした。
それから手前のバイクは友人のロードとは対照的に
20年(正確には19年超)近く昔から乗っている僕のGTです。
カラコルムK2というモデルです。
昼食を済ませた僕たちは折り返して
今度はなだらかな登りに苦労しながら花折トンネルまで到着。
途中、休憩していると本日3回目のお声掛けが・・・。
今度は家族連れのドライブをしてるお父さんらしき人。
おじさん「どこまで行くの?」
僕「朽木村まで行って帰ってきている最中なんですよ」
おじさん「へ〜すごいね。往復40キロくらいあるでしょ?」
僕「いえ、片道50キロくらいです。」
おじさん「・・・・へ〜・・・・。」
ちょっと藪蛇な感じにしてしまってごめんなさい(^^;)
トンネルを抜けると、今度は急激な下り坂が待っています。
はっきり言ってプアな僕の前輪ブレーキでは怖すぎて
速度を出せないまま40キロ強くらいでブレーキをかけつつ下りました。
旧八瀬遊園地あたりについた頃には足も止まり疲れ切ってしまいましたが
幸い京都は南に向かうほど下りですから
自宅まではなんとか到着しました。
帰宅した頃には4時頃になっていたので
往路と復路はさほど差のない時間で走ったのかな〜。
朽木村までの往復約100キロで十分なペースで走れ、
ほっとしていると同時にだんだん欲がでてきました。
次はどこまで走れるのか?
それからMTBではそろそそ限界も感じ始めています・・・。
追伸、
後日、京都のフレームビルダーVIGOREに行ってきました。
大将自ら話に乗ってくれました。
そうするとやっぱり、だんだんロードがほしくなってきてしまいました(^^;)
う〜ん。

効果絶大!!

先月の23日に今シーズン初のサイクリングに行ってきました。
慣らし運転も兼ねているのでいつものように木津川サイクリング道です。
12月は同じ道をヘナヘナになってしまうという
情けないことになってしまいましたが、
その反省をふまえて1月からエアロバイクをこぎ出しました。
毎日エアロバイクを漕いでも漕いでも
いっこうに変化が感じられなかったのですが、
今回やっと、実物の自転車に乗って走ると・・・。
ぜんっ全然!違う!
息が上がらないし、後半も高い速度を維持できました。
今回は友達もMTBで参戦だったので大きな差にはならず
同じように走れました。
心拍計でチェックしていても
明らかに「低い回転数」で心臓が鼓動していて安心でした。
それでも最後は力を出し切る為にしんどい思いをしましたが、
これまでではあり得なかった速度でフィニッシュできました。
12月と全く違うその姿に、友達は驚いていました。
3ヶ月の成果が実走行で実証されて、ほっとしています。
次回は鯖街道を朽木まで上る予定です。
できれば、朽木で温泉に入りたいですが、
それもこれも山を上る体力があるかどうかにかかっています。
そのために体調の調整と体力のさらなるアップに努力します。
まぁ、弱い体力が標準になったという程度ですから、
これからが大変なんでしょうね。
でも、いつかロードを買うなんてこともあるかも知れません(^^;)

高校野球を見に行ってきたどぅ〜。

先週の日曜日、早朝から京都を出発して甲子園に向かいました。
それは、母校「平安高校」の試合を見るためです。
平安は言うまでもなく甲子園常連校ですが、
今回の甲子園が最後になるんです。
それは最近の少子化対策の一環で、
系列大学である龍谷大学の附属高校として
校名の変更をすることになったからです。
創部100年という節目の年にユニフォームから
HEIANのロゴがなくなるというのは
社会人チームのように廃部になるわけではないのですが、
やはり、さびしい気分です。
・・・と、こんなことを書くと
野球部員だったように思われますが実は違います(^^;)
それでも、高校野球とはなにか気持ちを揺さぶるものがあるんです。
特に自分の出身校が出場するとなると・・・・。
大会当初から観戦に行きたいと思っていましたが、
平日は無理ですから、正直あきらめていました。
ところが、引き分け再試合という形で日曜日開催が実現しました!

朝からの出発でしたが、なんとか試合途中からゲームの観戦に参加。
平安の投手川口の低目をつく丁寧なピッチングで
相手打線を散発の安打に抑えていました。
なんとも頼もしい、試合運びでよく鍛えられているのを感じました。
一波乱ありがちな最終回も全く危なげなく試合終了。

勝利の証、校歌斉唱の時には思わず、大きな声で一緒に歌ってました!
まるで、タイガースの勝利に歌う六甲おろしのような気分でした。
卒業して20年近くたってもなお、よどみなく校歌を歌う姿を見て
相方は「よく覚えてるな〜」と関心してくれました。
しかし、平安高校では毎週のように歌うチャンスがあるんです。
完全に体で覚えている感じとでもいうのでしょうか(^^;)
4月1日、平安高校は龍谷大学付属平安高校と校名を変更しました。
その初日に埼玉県勢の聖望学園高校に敗れました。完敗でした。
しかし、「平安高校」の名前を1日でも延ばした選手たちにはよくやったと言ってやりたいです。
もしかしたら、校歌も変更されるんでしょうか?
もしそうだとしたら、僕が歌った校歌は甲子園では最後の校歌だったことになります。
日曜日に試合を組んでくださった仏様に感謝です。(←平安高校は仏教校ですから)
全く余談ですが、
校名の変更をするなら龍谷大学の方を平安大学にすればよかったのに、と思っています。
明らかに全国区では平安の方が有名です。
しかも、「平安」という単語は京都を連想させて、
生徒誘致にも有利だと思いませんか?